いやぁ〜まったく首の調子は良好だ。死んだ爺ちゃんと茶飲み話ができそうなくらい良好だ。むしろ来世が見えそうなくらい良好だ。
 アヤカはまだちょっと心配そうな顔だったが、やがて腰を落とし、両目を隠すように竹刀を構えた。
「で、では参るぞっ」
「あぁ、いつでもいいよ」
 とん、と畳を蹴り、間合いを詰めてくる。
 さほど速い動作には見えなかったのに、アヤカは既に一足一刀の間合いを踏み越えていた。
 軌跡が奔る。
 小回りな挙動――――連撃か。
「てぃっ! はっ! たぁっ!」
 衝撃、衝撃、衝撃。
 ――疾いっ!
 俺は竹刀を両手で駆り、次々と撃ち落とす。
 疾いだけではない。打撃の重さもかなりのものだ。
 アヤカは腕を引きながら身を捻った。
 ヴンッ、と空気が唸る。
「せぃやっ!」
 旋回の勢いを乗せた袈裟掛けの一撃。
 俺は体を傾いだ。同時に、コメカミと肩を剣風が掠める。
 竹刀は畳に激突。風船が破裂したような大きな音。
 微細な何かが舞い上がる。
 埃かと思ったら、い草の細かな破片だった。
「……うひゃぁ」
 アヤカの打ち下ろしを受け止めた箇所がほつれ、少々破れている。
 彼女の年齢を考えるなら、とんでもない威力だ。
 当たったらちょっと(どころではなくかなり)痛そうだぞ。
「よそ見とは、随分余裕であるな」
 言葉と共に刺突がくる。
 やばっ……!
 ギリギリで首を傾げて躱す。
 すぐ横を、速度に霞んだ切っ先が突貫した。
 風――と言うにはあまりに鋭利な音の刃が鼓膜に突き刺さる。
 傾けた首を戻す際に、ぐぎっ、と微妙な音がした。何かがはまったような気がしたが――気にしない。全力で気にしない。
 俺はアヤカの竹刀を下から打ち飛ばそうと、すくい上げるように得物を振るった。
 空を斬る感触。
 アヤカは既に武器を斜上に構え直していたのだ。
 武器の引き戻しが異常に素早い。
「でぁっ!」
 気合い一声。伴う一閃。
 俺が攻撃で体勢を崩した瞬間を狙いすましたのか……!
 体中が驚愕に強張った。
 完全に予想外。
 ――だから、手加減ができなかった。
 腰を落とす、柄を握りしめる、体重移動と身の捻りを加える。
 満身の力を統合し、竹刀を撃ち出す!
 閃光のごとき横薙ぎ。
 荒れ狂う剣風の中で、相手の得物が砕け散る感触が小さく伝わった。
 こちらの刀は無傷。
 全ては、刹那の出来事だ。
 弾くような力加減でもって、己の武器に負担を与えずして敵の装備を破砕する――武器の補給もままならぬ ような戦場で、自然と会得した誘崩壊斬撃。
 俺は勝利の愉悦に頬を歪め……
 ……られるような状況ではない事に気付いた。
 愕然とした。
 ――何やってんだ、俺。
 ここは戦場じゃないんだよ!
「ごめん! 大丈夫!? 怪我はない!?」
 俺は竹刀を捨てると、急いでアヤカに駆け寄った。
 周囲のの門下生達は、嫌に静かだ。俺はつられるように不安になる。
 少女剣士は剣風の残滓に髪を揺らめかせながら、竹刀を砕き飛ばされた手を見ていた。
 その眼はどこかぼんやりとしている。
「……アヤカ?」
 もう一度声をかけると、彼女はやっと反応してくれた。
「……え? ……あ……あぁ」
 大粒の瞳がこちらを見遣る。
 見た所怪我はないようだ。安堵に全身が弛緩するのがわかった。
 誘崩壊斬撃がアヤカを打ち据える一歩手前で、俺の理性が体を押しとどめた……のか……
 すごいぜ、俺の理性。
 ありがとう、俺の理性。
 ギャラリーの方々もなんだかほっとした雰囲気だぜ……
「ディ、ディアス……」
 アヤカは夢から醒めたように息をのみ、その瞳に意志の光が戻り始めた。
 俺がバラバラに砕いてしまった竹刀に眼を向け、こっちを見上げ、また竹刀に視線を戻した。
「あ……その、悪い。竹刀はもちろん弁償するよ」
 しどろもどろ。
「……すごい……」
「へ?」
「ディアス!」
「は、はいっ」
 鋭い声に、思わず姿勢を正す俺。
 アヤカは背伸びをして顔を『ずぃ』と近付けて来た。
 俺は意味もなく緊張し、ちょっと仰け反る。
「その技、私にも教えて貰えまいか?」
 さらに『ずぃ』。
 何かわかんないけど、迫力。
「そ……りゃぁ、構わないけど……」
 ――言ってしまった。言ってしまったのだ。
 あの技はなぁ……。
 後悔がジクジクと体に染み込む。
「おい〜、アヤカ。後ろつっかえてるんだ、いい加減替われよ〜」
 突然、ギャラリーの方から少年の声がした。
 ……俺は遊園地のロボットかよ。
 思わず苦笑いが浮かんだ。同時にほっとする。
 アヤカにどうやって断るかは、ひとまず後回しとしておこう。


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