道場破りにきた所で、そこの門下生の鍛練に協力しているのだから、考えてみれば奇っ怪な話ではある。しかしまぁ、西洋剣術の見本として招かれた以上、断っては『騎士』の名折れであろう。
……もっとも、騎士のようなアナロクな貴族階級は、西側諸国でもほとんど絶滅してしまっているのだが。
どうでもいいことか。
ここは、華美で豪奢な(そしてユミシマ人の感性と融合して何だかよくわからない様相を呈している)西洋風中庭。
その中央広場に畳を何枚か敷いて臨時で作った、頭の痛くなりそうな稽古場だ。
俺は5人目の少年に稽古をつけていた。
「たぁっ!」
気合いの声と共に突き出される切っ先を、いくぶん余裕を持って躱すと、手首を捻って竹刀を一閃。
畳に相手の竹刀が激突し、甲高い音を立てる。
少年はしばらく呆然としていた。
「……うぁ〜」
投げ出された竹刀を見つめながら、彼は思い出したように息を吐く。
「いい突きだ。最も速度の出る瞬間に当たるようになっていたから、威力もなかなかの物だったと思うよ。ただ、少し腕を伸ばし過ぎているな。武器を振ったらすぐにニュートラルの位
置に戻せるようにならなければ、外れた時には手痛い反撃を喰らう事になるよ?」
ゼルドラがかつて独立国家だった頃に機甲歩兵隊で暗記させられた心得を、そのまま言う俺。
「は、はいっ! ありがとうございましたっ!」
何の疑いもなく頭を下げる少年。ちょっと騙しているような気がする。
「さぁ、次の人」
俺は並ぶ門下生達に眼を向ける。最初見た時には驚いたが、全員子供だ。
「はい、よろしくお願いします!」
進み出たのは、やや年長のがっしりとした少年だった。
これは、少し骨が折れそうだ。
だが、なりゆきとは言え西洋剣術の見本として招かれた身だ。無様な姿は見せられない。
少年は静かに一礼すると、竹刀を後ろに引き、体全体で得物を隠すように構えた。
「いきますっ」
答えるように、俺は竹刀を逆手に持ち上げる。
少年は大きく踏み込み、竹刀に勢いを上乗せする。
直後に横薙ぎを繰り出した。
風斬音は一瞬。素晴らしい速さ。
だが、素直な動きだ。
攻撃は吸い込まれるように俺の竹刀に激突。空気が弾ける。
どやどやと少年達が驚きの声を上げた。
まるっきり自慢になるが、俺は相手の姿勢や視線から一瞬先の動作を読むと言う、なんとも地味な技術を会得している。他人が見れば、相手が何もしない内から竹刀を掲げているように見えるらしい。
受け止めたまま、強く腕を突き出して竹刀を押し返す。
「うわっ」
少年はバランスを崩し、後ずさった。
「そらっ!」
すかさず低い姿勢で懐に潜り込み、首に鍔元をピタリと押し当てる。
見開かれる少年の眼。
「相当速い剣速だけど、振りと重心移動のタイミングが少しずれていたな。最も速く動く時に、最も速く振るう。これはまぁ、口で言う程簡単じゃないけれど、練習如何で必ず得られる技術だ」
なるべく理論整然と指摘する。
少年剣士は、眼を見開いたままカクカクと頷き……慌てて深く一礼してきた。
ゼルドラでは頭を下げる習慣はないが、少年の敬意とかは伝わってくる。
とても……まっすぐな敬意だ。
いやはや、礼儀正しいなぁ……。
軽く感動を味わう俺。
ここの人達は皆こうなのかなぁ……。そう言えば今朝ここへの道を聞いた人達も、何だかんだ言って親切に教えてくれたなぁ……。あのお婆さんは特に良い人だったなぁ……。
「ディアス〜、次は私の番だ」
「どぅわっ!?」
イキナリ後ろから声。
激しく動揺。
即座に振り返る。
誰も見えない。
「……もっと下」
――『灯台元暗し効果』か……!
俺は頚部の筋肉を爆発的に収縮。弾かれたように顔を下に向ける。
鈍い音。
周囲が息を呑む気配が伝わる。
下を向いた視界の中で、アヤカが眼をぱちくりとさせていた。
「……い、いまディアスの首から凄い音が……」
「い……」
――なりゆきとは言え西洋剣術の見本として招かれた身だ。無様な姿は見せられない。
――無様な姿は見せられない。
――無様な姿。
「ああ、大丈夫だ。きっと大丈夫だ。大丈夫に違いない」
はっはっは。
「……そう……か?」
ま〜だ怪訝そうな顔のアヤカ。
心配性だな。はっはっは。
「さあ! どっからでもかかって来たまえ!」
どーんと胸を叩く。
「……あ、ああ」
はっはっはっはっは…………
……ぐ……。
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