13、講議

 てっきり壮絶な代物かと思っていた。
 出てきた品目は、『鶏肉と野菜のミルク粥』。暖かく、ほんのり甘い香りが鼻孔をくすぐった。
 さすがに、腹が鳴るような事はなかったが……
「じゃあ、あとでおわん取りにくるからね〜」
「食い切れなかったら残せよー?」
 ミカドとコウが出て行った後、スプーンに手を伸ばす事はレイナの中で決定次項となっていた。
「はふ……」
 一口食べて判った事。
 彼等はみてくれに似合わず料理が巧みだった。
 吹き冷まし、一口。吹き冷まし、一口。
 三分の一ほど平らげた時、傍らで布擦れの音がした。
「ん……」
 吐息のような声が聞こえる。
 レイナは振り向いた。
「起きた?」
 窓から降り注ぐ光の中、ユズハはこちらを見るともなく見ていた。
 柔らかそうに揺れる前髪の間から、眠たげな瞳が覗く。
「はい」
 レイナは少し安堵した。蚊の鳴くような声とは言え、聞けた事は理由もなく安心させてくれる。
「傷は痛む?」
 一拍。
 ユズハはほんの少し首を傾げた。
「すこし痛い、です」
「そう……」
 ふわり、と微風が部屋に入り込み、食器から立ち上る湯気を揺らした。
 ユズハは微動だにしていない。相変わらずこちらを見ている。
「……食べる?」
 さらに聞いてみた。
 三拍。
 少女は僅かに眉を寄せ、目尻を下げた。
 ……あぁ、『白焔』でも何度か見た事がある。
 “困った時”の顔。『自分には判断できません』の意志表示。事実の報告や命令の遂行は躊躇わないが、『判断』をするには大きな勇気が要るのだろう。
 この性癖がどう言う要因から来たものなのか、それは判らない。
 判らないが、察しはつく。性格など所詮は後天的な問題だ。
 ユズハが『白焔』にいた期間は、レイナよりも長い。
 ほとんど物心つく前から暗殺者達の――殺人者達の間で育った。
 生育環境は最悪と言える。
 でも。
 それでも、いつかは治さなければなら――
 きゅるっ、微かな音がした。
「…………」
 ユズハは微動だにしていない。相変わらずこちらを見ている。
「…………」
 レイナは小さく吹き出した。
 ――確かに、いつかは治さなければならない。
 でも今は。
「食べなさい、お腹空いてるんでしょ?」
「はい」
 ユズハは答えた。
 心無しか、ほっとしているように見えなくもなかった。 


 数時間後。
 とろん、とした昼下がり。
 窓から差し込む光が傾き、飴色を帯びていた。世界は黄金に変わりつつある。
「とりあえず、俺達のレゾンデートルから――ってそんな大仰なモンでもないけどよ」
 寝台の端に腰かけながら、ミカドは口の端を僅かに吊り上げた。
 レイナは寝台の中で上半身を起こし、緊張にやや強張った表情をしている。
 ユズハは――相変わらず、どこを見ているのか判別しにくい面持ちだ。
「アンタ等は考えた事ないか? 自分の持つこの力が、何の為にあるのか――と。
 いや、答えなくていいぜ、大抵の奴等はその特異なチカラをいかに活用するか、って事を考えてるだろーし、それが普通 ってモンだ。
 だがよ、考えてもみな? 俺達のこのチカラ、一体何の役に立つってんだ? 衝撃波を飛ばす? バリアーで防ぐ? 怪力で叩き潰す? 炎で焼き尽くす?
 ハァ?って感じじゃねぇか。そんなもん実生活で何の役に立つんだよ。壊したり防いだりするばっかかよ。生産的な事の為に存在するような能力が一つでもあるか?
 そもそも――」

 ミカドは足を組み替える。

「生物のナニガシカの能力は、捕食・防衛・生殖のいずれかに関係あるモンだ。防衛はともかく、何、この能力でメシ喰おう?女つくろう?あんまり笑わせんなよ。
 つまりは。
 必然の帰結として。
 俺達の力は、戦う為のチカラだ。闘争の為の手段だ。殺戮の為の武器だ。それ以外の意味はないね、全然、まったく」

 クク、と低く笑う。レイナ達が口を挟む間を与えずに続ける。

「勿論、自然発生したモノじゃねぇな。考えるまでもなく判る事だが、突然変異とかそう言うレベルで説明できる問題じゃねぇ。生物として……と言うより、この世に存在する現象として、オカシイ。物理法則どこ行ったんですかァ?って感じだな。
 で、そーゆー矛盾に頭を抱えた研究者の中で、柔軟な思考ができる奴――と言うかアタマのネジが全部抜け落ちているような野郎が、ある日フザけた事を言い始めた」

 両掌を軽く開き、芝居がかった口調で、

「おぉ、彼等の能力は完全にこの世界の律則から逸脱している。何と言う事であろうか。しかし、彼等がこの世を縛るありとあらゆる法則から解放された場所から来た存在と考えるならば――説明はつく。私は彼等にこう名付けよう」

 ミカドは肩を竦めながら短く嘲笑した。

「異界よりの訪来者――――《visiter》、と」


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