4、襲撃する。必然の名の元に。

 そこには青年と十体の死体がいた。
 彼等の位置関係を鑑み、より正確に述べるならば、そこには青年と十体の死体と女と少女と多数の通 行人がいた、と言った方が良い。
 青年と十体の死体は、女と少女を取り囲む位置につこうと、散開を開始していた。
 場所は下層棒状居住区のメインストリート。
 石とも金属ともつかぬ材質の白い高層建築が立ち並ぶ、無表情の摩天楼。
 当然ながら、辺りには無数の人間がいるが、青年の眼中には入っていない。とりあえず、邪魔さえしなければそれでいい。
 彼等の標的となる女と少女は、メインストリートの一角に柵を敷いて設置されている屋外喫茶店で、呑気にコーヒーを啜っている。
 第七天上世界に限らず、大都市のメインストリートにはこうした屋外の店が数多く立ち並び、広大な通 路にアクセントを添えている。
 青年と死体の散開はなおも続く。
 死体の動作は非常に迅速で隙がない。対して、青年の動きは極めて無造作だ。
 女と少女を円を描くように包囲する。動く死体を見た人間達が、わずかに訝しげな顔をしながら歩み去ってゆく。
 円の半径はまだまだ長く、人込みに紛れ込めばまず気付かれない距離だ。
 同時に、死体たちが持つ散弾銃が効力を発揮するには遠すぎる間合いでもある。腰に下げた剣ともなれば、なおさらだ。
 故に、青年と十体の死体は円陣を縮め始めた。
 そのタイミングは、いかなる連絡手段を使ったのか、まったくの同時であった。

 最初に彼等に気付いたのは、ユズハであった。
 市販の無骨な機甲服とは一線を隔す、洗練されたフォルムのコンバットアーマー。両手で大型散弾銃を抱え、腰には何故か剣を下げている。
 見間違えようもない。見覚えがありすぎる。
 ユズハはどうしようかと考え、すぐにそれをやめた。
 思考や決断は全てレイナにまかせればいい。少なくとも、自分の判断よりは正確だろう。
 レイナは目の前でコーヒー片手に雑誌を読んでいる。これはレイナがコーヒー片手に雑誌を読む事を決断した結果 であり、自分ごときがその邪魔をしてもいいかどうかはわからない。だから、ユズハはその意志を尊重した。
 すなわち、何も言わなかった。
 白いコンバットアーマーを着用した兵士が来たら知らせろと言う命令は受けていない。問題はない。
 ユズハは、ぼんやりと彼等の動きを眺めていた。
 人込みにまぎれ、その姿は断続的にしか確認できない。しかし、近付いてきている事はわかった。明らかにこちらを目標とした動きだ。
 レイナはコーヒーの追加を頼んでいた。ウェイターは穏やかな微笑みを浮かべて注文を承る。
「どうしたの? ユズハ」
 こちらの視線に気付き、レイナが瞳を覗き込んで来た。
 これは、自分が何を見て何を感じたのか話せ、と言う命令だろう。
「白い戦闘用機甲服を着た人達がいます」
 だから、見たままを話した。
 レイナの顔色が、さっと変わった。
 瞬間――
 彼女等を囲む四方八方から、爆音のような銃声が轟いた。
 レイナは反射的に《身体施呪》を発動。瞬時にユズハを抱え上げて射線の収束点から飛び退る。
「くっ――!」
 だが間に合わず、左足に被弾した。
 鉄の礫が脹ら脛に食い込み、激痛が脳に突き上がる。
 そばの席に座っていた中年の夫婦が巻き添えを喰らい、血まみれの肉塊と化した。
 刹那、周囲が静まり返る。
 沈黙は一瞬にして悲鳴の嵐に変わった。
 蜘蛛の子を散らすように、我先にとテーブルやイスを蹴飛ばしながら逃げようとする。
 兵士達は、自分達以外の人間には興味がないようだ。逃げるにまかせている。
 だが、こちらが逃げるのを許すつもりはないらしい。
 レイナは着地に失敗し、片膝を突く形となった。
 ユズハを抱える手を離すと、足の傷を見た。
 貫通していおらず、弾は中に残っている。見た目は特に不思議な事はない。普通に穴が開き、普通 に血がでている。
 だが、傷口から、微かに腐臭が漂ってくるのは、どう言う事なのだろう。
「父と子と聖霊の御名において、汝ら魔性を討ち取らん」
 突如、誰もいなくなった喫茶店に、朗々とした青年の声が響き渡った。
 レイナとユズハは顔を上げた。
「願わくば、汝らの魂に主の救済があらんことを」
 声の主は、兵士に並んで佇んでいた。
 丈の短い法衣のようなものを羽織った青年だった。

 青年はいつも言う事にしている前口上を終えた。あとは、彼女等を殺すだけである。
「あんた達、一体なんなのよ!」
 赤髪の魔性が誰何をした。
 魔性の問いなどに答える義務はまったくないのだが、
「我が名はハマエル。ユノ教会の使徒にして、神に忠実なる黄道十二宮天使なり」
 彼は律儀に答えることにした。
 黄道十二宮天使。
 告死天使と同じく、魔性を滅ぼす事を識とする神の御使い。
 違うのは、最初から天使として製造された告死天使に対し、彼等は元々人間として生を受けた者達である事だ。
 さすがに、純粋な兵器たる告死天使には序列でも実力でも劣るが、それでも並の魔性ならば問題にならない程の戦闘能力は基本的に持っている。
「……滅びよ、魔性」
 ハマエルは死体達に攻撃命令を送信した。
 彼と、彼の僕である死体――守護天使と呼ばれる存在は、脳に埋め込まれた制御チップを介して小規模なネットワークを形成している。守護天使の五感に捉えられた情報は、ネットワークを通 じてハマエルの元へとリアルタイムで送られ、彼はそれらの情報を統合して戦況を判断。最適な命令を送信するのだ。
 黄道十二宮天使ハマエルは、守護天使達を己が手足のように扱えるのである。
 守護天使達がハマエルの攻撃命令を受信し、命令の述語と目的語をゼロコンマ一秒以下の時間で解析。散弾銃を赤髪の魔性へポイントした。
 轟音が五回。
 狙いは正確であったが、《身体施呪》能力者の瞬発力を考慮に入れない射撃だ。標的は既に射線から逃れている。脚の傷が痛むのか、その顔には脂汗が浮いていた。
「ユズハ……!」
 赤髪の魔性が連れの小さな少女に呼び掛けた。
「……彼等を……撃退して」
 瞬間、女は傷の痛みから来る表情とは別種の、苦々しい顔をした。
「はい」
 対して少女は、何の躊躇いも見せずに即答した。
 その口調は、感情がないと言うよりは、何も考えていないような印象だった。


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