死闘

 黒い肉片が散乱し、テラテラと光を反射する体液にまみれていた。中に紛れ込んでいる硬質は、筋肉と一体化した漆黒の装甲だ。
 横たわるグロテスクな化け物の死体を眺めながら、ほっと息を吐く。
 やっとくたばったか。
「こっちにはもういないな」
 相棒の声を聞き、俺は振り返った。
「こっちもだ」
 落胆したような、安堵したような、よくわからない溜め息がもれる。
「この区画にはもういないのかねぇ」
 俺は軽く頬を掻く。
「いや、わからんぞ、“ヴァーミン”はどこにでも隠れられるしな」
 安直な俺の言葉を、相棒は警戒の込められた口調でたしなめる。
 “ヴァーミン”はどこにでも蔓延り、凄まじいスピードで増殖する恐るべき化け物だ。
 たとえ一目見て姿を確認できなかったとしても、絶対に油断してはならない。
「そうだったな……」
 空腹で鳴り始めた腹をさすりながら、俺は言った。
「……だが、とりあえずベースキャンプにもどらないか?」
 相棒は苦笑し、
「そうだな、俺もだ」
 そう言って歩き始めた。
 俺もそれに続いた。
 ベースキャンプは、他の四つの区画と直接連結している最大の区画の中にある。
 何故ここにベースキャンプを構えたのかと言うと、最初に制圧したのがここだったからと言う、面 白くもなんとも無い理由だ。
 まあ、制圧したすぐ後に“ヴァーミン”を捕らえる為の罠をいくつか設置したから、ここが一番安全と言う事に間違いはないのだが。
「ほら」
 相棒がクライアントから支給された簡易食料を俺に投げてよこした。
 俺達はどっかりと腰をおろし、しばらく黙々と簡易食料を味わう。
 やはりなんだか味気ないな。
 きちんとした料理がほしいが、この状況ではそれも無理だろう。
 そう考えて、自分があまりに長い間マトモな食事を食ってなかった事に思い当たり、軽く慄然とした。
 何気なく相棒に話すと、
「それが“ヴァーミン”を狩る者の宿命ってやつさ……」
 と、妙に冗談めかした調子でのたまう。
 そう言えば、こいつは俺よりここでの暮らしは長い。その分“ヴァーミン”と戦った経験も多い筈だ。
「なあ」
 思いきって聞いてみる事にした。
「“ヴァーミン”とは、結局何なんだ?」
「そりゃまた随分漠然とした質問だな」
 相棒は苦笑しながら続けた。
「お偉方がいつも言ってるだろ?“ヴァーミン”は古代から生き続ける原生生物の一種さ」
 軽々とそういったが、口調は妙に刺々しく、こいつがその話を信じていないのはすぐに分かった。
「違うのか?」
「あぁ、俺が勝手に思ってるだけだがな」
 軽い驚愕を覚えつつ、俺は続きを促した。
 相棒は口を開いた。
「……だってそうだろ? あんな醜く、悪意に満ちた化け物が、自然に生まれてくる訳がない。ありゃあ、絶対に人に作られたものだ」
「なんだって!?」
 あれが、人に作られたモノだと!?
 相棒はシニカルな笑みを顔に貼付け、さらにとんでもない事を口走った。
「あれは、生物兵器だ」
「!!」
「多分、どっかの研究所から逃げ出したプロトタイプだな。そのうち環境に適応し、異常繁殖する奴が現れた。研究所の奴等は、自分の失態を隠す為に、“ヴァーミン”を原生生物なんかに仕立て上げて、駆除するようけしかけたんだよ」
 投げやりな口調だ。
 俺はもう、声もでなかった。
 なんてことだ……
「……まぁ、眉唾モノの話だがな。“ヴァーミン”を見てると、そうとしか思えなくなってくる」
 相棒は頬杖を突いて、簡易食料を口に放り込む。
 俺は口を開いた。
「どっちにしても、俺達とは相容れない存在である事に変わりはないって事か……」
「そう、だから俺達のやる事にも変わりはない。……“ヴァーミン”を、狩る!」
 その言葉に力をこめて頷こうとした。
 しかし、頚部の筋肉は、無様に震えるだけで、頷く事すらできなくなっていた。
 言い様の無い恐怖。全身に纏わり付く悪寒。
「……お……おい、後ろだっ!!」
 やっとそれだけを言う事が出来た。
 相棒は一瞬で俺の言葉の意図を察し、振り向きざまに“武器”を引っ掴んだ。
 そこにいたのは、“ヴァーミン”のやや小さな固体であった。小さいと言っても、ここに棲む他の原生生物と比べれば遥かに大きい。
 ここにもまだいやがったのか!!
「くらえやぁっ!」
 言うと同時に、相棒は両手に握られた二つの“武器”を同時に発射した。
 瞬間、周囲が白く爆ぜる。
 相棒が使用したのは、中距離射程の対“ヴァーミン”用兵器だ。
 それにしても、二つ同時に使うとは、二挺拳銃を気取っているつもりなのだろうか。
 しかし“ヴァーミン”は相棒の射撃を驚嘆すべきスピードでかいくぐると、そのまま俺達の方へ突進してきやがった!!
 こんな大きさの奴があんな超スピードで移動する様子は、それだけで恐怖だ。
 ガクガクと震える足腰をなんとか押さえ付け、俺は近距離射程の対“ヴァーミン”用兵器を抜き放った。射程は相棒のそれより劣るが、その安定した作動と威力には定評がある。
「きえぇぃっ!!」
 俺は渾身の力を込めて斬撃を叩き込んだ。
 しかし奴はそれすらもあっさりと躱す。
 クソッ、なんてスピードだ!
 相棒が二挺の“武器”を乱射するが、二筋の迸りが捉えたのは、ヤツの残像だけであった。
 舌打ちする相棒の脇を低い姿勢で駆け抜けると、そのまま地を這う様に武器を横薙ぐ。しかしその軌跡がヤツに致命傷を負わせる寸前、ヤツはその大きさに見合う巨大な翼を打ち広げ、イキナリ飛び上がりやがった!!
 ……そこで俺の方に飛んで来てんじゃねぇっ!!
 俺は転がるようにその場から跳び退る。ヤツも俺を追うように急降下してきた。
 間一髪でヤツの突撃を躱すと、それとほぼ同時に横合いから飛来した白い迸りがヤツの体に直撃した!!
「ナーイス囮っぷり」
 相棒の間の抜けた声が聞こえた。
 そうか、いくら超高機動力をもち、『どちらへ動くのか』を相手に悟らせない“ヴァーミン”と言えども、空中ではほとんど自らの移動コースを変える事は出来ない。着地した瞬間を狙われればそれでお終いなのだ。
 すぐ側でしばらくもがいていた“ヴァーミン”は、やがてピクリとも動かなくなった。
 ふぅー。と、息を吐き、額の汗を拭う。
 こんな小さな固体を相手にするだけでも、俺は極度の緊張と恐怖にさいなまれる。
 ……やっぱり、こんな仕事引き受けるんじゃ無かったぜ。
 今更ながらこんな厄介事を持ち込みやがったクライアントの女の顔が頭を過り、不快な気分になった。
「おい」
 そのとき、相棒がさっきとは打って変わって切羽詰まった声色で言った。
「まだ終わって無いようだぜ」
 相棒が睨み付けている先、
 そこには“ヴァーミン”がいた。
「…………!!」
 それも、特大サイズの。
 迂闊だった。俺達は罠を設置した事ですっかり安心していた。だが、奴等の中にたとえ一体でも罠を突破した者が現れたら?
 相棒は奴等を生物兵器だと言う。ならば仲間と情報をやりあうなんらかの手段をその身に内括していたのではないか? そしてその手段を使い、罠の突破方法を仲間に伝えられるのでは無いか?
 それがどのような手段なのかは分からない。ひょっとしたら既に情報は送られているのかもしれない。そうなれば、“食料庫”に巣食っていうであろう大量 の“ヴァーミン”がここへ押し寄せてくる。このエリア全体は“ヴァーミン”達の有力な拠点となるだろう。
 ……もはや手後れかも知れない。
 だが、それでも俺達がここにいるならば、戦おうと言う意志がまだあるのならば、望みが少しでもあるならば……
 ならば、俺達は最善を尽くす。
 それが“ヴァーミン”を狩る者のたったひとつの矜持なのだから。
「なあ」
「あぁ、情報を伝えられる前にケリを付けよう」
 相棒も同じ事を考えていたのか、少し震えた声でそういった。
 この巨大な“ヴァーミン”と対峙していては、相棒もさすがに恐怖を感じているのだろうか。
 だが、“武器”を構え直すと、すぐに怖れは消え、冷静な“狩人”の顔つきになる。
 いける。
 そんな根拠のない自信が恐怖を塗り潰した。
 俺は「しゅっ」と鋭く息を吐くと、ただならぬ威圧感を放つ“ヴァーミン”へ突進を開始する。
 そして間髪入れず袈裟斬りを繰り出す。
 躱された、だがそれも計算の内だ。
 武器が俺の手の中でクルリと翻ると、切っ先が逆方向から奴に撃ち込まれる。
 これも躱された!
 意表は突けたようだが、こいつはそれ以上に身体能力が高かった。
 焦りを感じる。
 そして我武者らに放たれる連斬連撃。
 斬り、突き、払い、薙ぎ……しかしそのどれ一つとして奴の体に掠りもしない。
 なめられている。
 あれだけの超スピードをもっているなら、攻撃する隙などいくらでも見出せたはずだ。
「クソッ!」
 不甲斐無さと憤りで切っ先が震える。
「離れろっ!」
 唐突な相棒の声。
 俺は素直に身を引いた。相棒がこういう時は、いつも何か考えがある時だ。
「今から奴の足下を撃つ。奴が飛び上がって着地した瞬間を叩け!」
 その作戦に、俺は微かに頷くと、姿勢を低くして全身の筋肉を撓ませた。
「いくぞっ!」
 相棒の二挺の武器から白色の閃光が撃ち出される!
 死の奔流は、特大“ヴァーミン”の足下で白く爆ぜた。
 もちろん、“ヴァーミン”は既に空中だ。はやる心を押さえ付けて、冷静に奴の着地タイミングを伺う。
 奴は漆黒の巨躯とは対照的な、美しい透明の翼を羽ばたかせ、優雅に空を舞っていた。
 そして、にわかに高度を下げ始める。
 ……今だっ!!
 全身に込めていた力を爆発させ、神速の突撃を開始する。

 放たれる雷光のごとき一撃!!

 …………………………………。
 だが、見てしまった。
 奴が着地せずに、再び高高度へ舞い上がる姿を。
 武器が床に激突し、甲高い悲鳴を上げる様を。
 そしてこちらへ高速で飛来してくる巨影を。

 もう、だめだ。

 やけに冷静な頭でそう思った。
 ところが、予想に反して、奴は俺の頭上を飛び越えると、そのまま相棒の方へ飛んで行く。
「そっちに行ったぞ!」
 相棒は、俺に言われるまでもなく、奴の襲撃に対して素早く行動をおこす。
 二挺の武器を持ち直すと、何故か腕を交差させて構えた。
「死ねっ!!」
 己を鼓舞するように叫ぶ相棒。その両手から迸る死の奔流。
 漆黒の巨影と、白銀の奔流は、相棒の眼前で真っ向から激突し、炸裂した!!
 相棒は会心の笑みを浮かべた。
 笑みが、凍り付いた。
「こいつ、“抗体持ち”か!?」
 白の爆発の中から浮かび上がる、禍々しいシルエット。
 その黒眼は、あたかも獲物の生き血を啜らんとする邪悪な喜びに嬉々としているようであった。
 “抗体持ち”
 中距離射程の対“ヴァーミン”用兵器を幾度も喰らい、それに対して高い抵抗力を身に付けた“ヴァーミン”を、俺達はそう呼んでいた。
 よりによってコイツが“抗体持ち”だったのかよ!
 奴が相棒の体に激突し、二つの影はもつれあうように倒れ込む。
 相棒の恐怖の絶叫が木霊した。
 まずい! 相棒の武器はあの個体には通用しない!!
 相棒を救うべく、悲痛な叫びの直中を駆け出そうとした時、何かが胸の中で俺を押しとどめた。愕然とした。
 その恐ろしい自分の本音が表装心理に浮かび上がってくる前に、それを振払う様に突撃を開始していた。
 自分でも驚く程の速度で、瞬時に奴を斬間に捉えた。怒号を発しながら、大上段に構える。
 奴はまだこちらに気付いていない!
「消し飛べっ!!」
 満身の力を込め、斬撃を叩き込む。
 ぐちゃ
 斬撃は、奴の体を的確に捉えた。
 漆黒の巨体は完膚なきまでに撃砕され、おぞましい体液が吹き上がる。
 強敵を倒した達成感よりも、その余りに凄惨な有り様に軽い嘔吐感を覚えた。
 今はそれよりも相棒だ。
「おい、大丈夫か!?」
 力なく横たわる相棒の体を揺すった。
 揺すった。
 揺すった。
 揺すった。
 長い間揺すり続け、やっと手を止めた。
 腕をダラリとなげだし、天を仰ぐ。
 ……揺すらなくとも分かっていたんだ。
 こいつがもう、動かない事に。
 仕方がなかった。助けられる状況ではなかった。自分は全力を尽くした。
 自分を弁護する言葉が虚しく去来し、そんな詭弁を弄す自分自身に嫌悪した。
 そう、詭弁だ。
 全力を尽くした?
 嘘だ。
 全力を尽くしたなら中距離支援役の相棒に敵を近付ける愚を侵すはずがない。
 冷静さを失っていた?
 嘘だ。
 あの時俺が最良の手段を冷静に把握していた事は、自分自身がよく知っている。
 恐怖に駆られていた?
 それは……本当だ。
 俺は恐怖に駆られながら、一方では完全に冷静さを保っていた。
 俺は相棒を餌にしたんだ。
 自分が助かりたいばかりに!!
 気が付いたら、声を上げて絶叫していた。
 腹が立って、腹が立って、それでも助かった事に安堵している自分に殺意すら覚え、なおかつその殺意を実行に移す程の胆力もない哀れな男がそこにいた。
 ……などと、あたかも自分ではない者への批評をしているような気分になって、下らない誇りを守ろうとする自分にもう一度腹を立て、がっくりと項垂れ、そして――

 眼が醒めた理由は簡単な事だ。
 誰かが俺の頭を小突いている。
 しかしすぐには意識がはっきりせず、霞がかった頭でぼんやりとしていた。
 あれからどの位眠ったのだろうか。
 ひどく長い間のような気もするし、ごく短い間のような気もする。意識が曖昧だ。
 ……それにしてもさっきから頭を小突いているのは一体誰だ?
 微かな希望を込めて横を向くと、俺が意識を失った時とまったく変わらない、無惨な相棒の姿が眼に飛び込んだ。やはり『夢だったかもしれない』などと言う甘い希望なんか抱くもんじゃない。
「とっとと起きなさいよ、あんたたち!」
 突然聞こえた女の声。
 首を巡らすと、俺達に今回の厄介事を押し付けたクライアントの女が立っていた。
 ……立っていたと言う事は、足で小突いていたのか……
「なにすんだよ!!」
 俺は憤然として体を起こした。
 寝違えたようで、体のあちこちが痛い。
「それはこっちの台詞!! なんなの、この散らかり様は!!」
 怒鳴られて思わず身を竦める。
 ……なんで俺がこんな女を怖がらなきゃならない?
 だいたい、なにを怒ってるのだ、この女は。あんなおっかない化け物を相手に闘ったのだ、この程度の被害に抑えられた事を褒めてほしいくらいだ。
 いつもそうだ。この女は自分の都合で俺達をこき使って、結果が気に食わなかったら頭ごなしに怒鳴り付ける。こっちが強気に出ないのをいいことに、どんどんつけあがる。
 ふつふつと沸き起こる怒りを叩き付ける為に、勇んで口を開いた。
「だ、だってねぇちゃん……」
 なに怖がってんだよ。しっかりしろよ、俺。
「『でも』も『だって』も言わない約束!」
 うぅ……、そりゃそうなんだけどさ……
 俺がしどろもどろになっているのに苛立ったのか、
「もう! あとで片付け手伝ってもらうからね!!」
 と言って相棒の方へ向き直ると、乱暴に小突いて眼を覚まさせた。
「……んあ?」
 眼を覚ました相棒は、自分の腹の上で潰れている“ヴァーミン”の死骸を見て、再び気が遠くなりかけたため、またしてもクライアント(っていうか俺のねぇちゃん)に小突かれた。
「なにすんだよ!!」
 相棒は憤然ととして体を起こした。そしてさっきの俺と全く同じやりとりを繰り広げ、
「とっとと服を着替えなさい!」
 と言われてビクッと震えた。
 そんな様子を見て、ねぇちゃんは手を額に当てて、溜め息を吐いた。
「まったく、あんた達に頼んだのが間違いだったわ……」
 そう言うと、俺達の首根っこを掴んで外にほうり出そうとする。
「「や、やめろよ!」」
 俺達は抵抗したが、なにしろ相手は中学生だ。勝てない勝てない。
 ねぇちゃんはもう一度溜め息を付くと、俺達を一旦床におろしてポケットから何かを取り出した。
「今からコレ使うから、早くでてってちょうだい」
 俺達はねぇちゃんが持っている物を見て愕然とした。
 それは超広範囲殲滅型の対“ヴァーミン”用兵器だった。
 ……またの名をバルサンと言う。
「「そんなものがあるんなら先に言ってくれよ!!」」
 双児の俺達は声を揃えてそう叫んだ。
 これまでの努力はなんだったんだよ。くそぅ……

 ……いつか仕返ししてやるっ!!

 俺と相棒は固く誓った。


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