賞金首と言うものが、それなりに長い年月を生き抜くためには、賞金稼ぎ達を退けるだけの武勇を持つ事も大切だが、それ以上に自分は常に狙われていると思い込む事の方が重要だ。たとえ自分が感情を持った人間であり、故郷の街で昔思いを寄せた女の事をふいに思い出すような状況であっても、そうした危機意識は固く保持していなければならない。
「A2級犯罪者、バルトス・ノドール……だよな?」
 発せられた声は、どこか自信のない響きを伴っていた。
 辺りに視線を巡らすが、誰も見当たらない。
 日は既に半分沈み、鮮やかな緋色の空とは対照的に地表は建物の長い影で薄暗くなっている。待ち伏せと呼ばれる行為をするには、おあつらえ向きの時間だ。
 仕方なく歩みを止める。
「だとしたら、どうする」
 私は、自分を呼び止めた声とは対照的な、しわがれた声を喉から絞り出した。
「どうするってったって……」
 壁のようにそびえ立つコンクリート建造物の連なりが、迫りくる夕闇とあいまって、辺りに濃厚な闇の領域を点在させている。
 その闇の中の一つが、不意に揺らいだかと思うと、人の形を浮かび上がらせた。
 若い男だ。痩せぎすだが、身長は平均をやや上回っている。やけに愛嬌のある笑みが、彼を少年のように見せていた。
 ……まあ、バウンティハンター・ライセンスが必要のないこの国では、こう言う事態はある程度予測済みではあったが……
「賞金稼ぎがB3級以上の犯罪者と会った時にすることと言ったら、一つしかないでしょうがよ?」
 男は、元から笑んでいた顔を更に歪ませて、満面の笑みを作ってみせた。
 あまりにも純真で露骨な笑顔だ。
 油断なく、かと言って凝り固まる事もなく、相手の出方を待った。
 血臭を連想させる生暖かい風が、私の黒いロングコートと、賞金稼ぎの中途半端な長さの髪を揺らしていく。
 本当にどうと言う事のない、ただの風だ。
 だが、それでも僅かでも意識がそちらへ向かう瞬間は、どんな人間にも確実に存在する。それは「凶悪な」賞金首たる私も例外ではない。
 しかし、それはもはや隙とも呼べない程の、まさに刹那の一瞬。
 そんな知覚する事も出来ないような間隙に、何か行動が起こせる人間など存在しない。
 存在しないはずだった。
 ……賞金稼ぎの手には、鍔元に丸い膨らみがある、両刃の剣が握られていたのだ。
 驚愕に喉が低く唸る。
 刀身の鈍い輝きに怯んだのではない。無邪気な笑みに戦慄したのでもない。そんなものに動揺するような繊細な感性など、とうの昔に捨て去った。
 ……男の抜剣の瞬間が見えなかったのだ。
「知ってるかい? 戦術突撃剣『G―16』。リギシュ共和国陸軍のお下がりさ」
 特殊軽量精錬鋼で構成された戦術兵器、G―16。その切っ先に埋め込まれた重金属は、斬撃の衝撃力に遠心力を効果 的に上乗せし、軽い刀身からは想像もつかない威力を発揮させる。
 私の心情を知ってか知らずか、若い賞金稼ぎはまるで新しいおもちゃを自慢する子供のようにあけっぴろげな笑顔を向けた。
 一欠片の悪意も見出せない無邪気な笑顔。
 無邪気さ故に、殺意を隠そうともしない。
「まぁ、あれだ。オレも仕事しないとご飯食べられないしさ、世の中ってのは嘘臭い善人面 を貼付かせたバイヤーのおっちゃんから軍兵器を横流ししてもらわなきゃあならん程度には世知辛いわけよ」
 為にならない人生講義をやりながら、戦術突撃剣の合成樹脂でコーティングされた柄を握りしめ、両目を隠すように構える。
「つーわけで、大人しく正義の裁きを喰らってちょうだいなっ」
 烈風が渦を巻いた。
 それは賞金稼ぎの突進に伴う。
 そして逆袈裟の一閃。
 私は体を僅かに傾いだ。突風が体を掠めて通り過ぎ、髪を揺らす。
 速い。だが、逆に言えば速いだけの攻撃だ。
 身体能力のみに頼った、まるで洗練されぬ一撃。
 それでも、速いと言うことは、ただそれだけで絶大なアドバンテージを確立出来るものだ。突進前の姿勢から太刀筋を推測しなければ、回避は不可能だった。
「すごいな」
 若い賞金稼ぎは、剣を振り抜いた姿勢で後ろも見ずに賛辞を送ってきた。
 それに答える義理はない。懐の『武器』を掴むと、最小限の動作で間合いを詰める。
 未熟な賞金稼ぎは、やっと剣を引き戻してこちらを振り向いた。目の前まで迫っていた私の姿を見て軽く目を丸くした。
 私は手首のスナップを利かせて『武器』を繰り出す。
 金属の悲鳴。『武器』が弾き飛ばされる。
 しかし、同時に逆の手から同種の『武器』を放っていた。
 銀光が賞金稼ぎの肩口に吸い込まれ、貫き通す。
 若い男が慌ててG―16を薙ぐ。私は既に間合いの外に飛び退っている。
 賞金稼ぎの肩口には、何の変哲もない小さな鉄串が刺さっていた。それこそ、どこかの屋台で肉と野菜を突き刺してじゅーじゅー焼かれていそうな鉄串だ。
 だが、それが私の手中にある時は、変幻自在の動きで獲物を狙う銀蛇と化す。加えて携帯性も高く、暗器としてはこの上ない性能を発揮するのだ。
 賞金稼ぎはきょとんとした顔でそれを抜き取ると、貫かれた方の肩を動かして具合を確かめる。痛みの為か、微かに顔をしかめていた。
 鉄串は細く、貫通した割には筋肉を傷つけていなかったのだろう。出血も少ない。
 しかし、もしそれが心臓に到達していたならば、十二分に致命傷となりうるのだ。
「本当に、すごいな。速さも十分あるけど、なにより何重も織りまぜたフェイントで視認する暇もなく相手を貫く! いいね、さすがA2級」
 負傷したにもかかわらず、飄々とした態度を崩さない。
 それは、自信でも虚勢でもないように見えた。まるで、取り乱すと言う行為を本質的に“できない”だけ、とでも言うようだ。
 私は、やはり答えないことにした。代わりにコートの中から鉄串を引っ張り出す。
 空気が、ぴぃん、と音を立てて貼付いた。それは全身を締め付ける息苦しさを与えると共に、少しでも動けばバラバラに砕け散るような脆さも兼ね備える。
 膠着状態。
 自分が動くか。相手を動かすか。それのみに神経を尖らせる。全身の筋肉を限界まで撓ませ、一瞬にしてトップスピードに移行できる瞬発力を養う。眼前の滅するべき対象のみを見据え、必要のない感覚をすべて遮断する。そして爆発の時に備え、心体共に最良のコンディションを整える。
 外的なキッカケはなかった。
 ただ、暴力的な大気の渦が出来、圧倒的な威力を感じさせる剣風だけは知覚できた。
 ……来るっ!
 咄嗟に身を屈めると、頭上を通過した刀身と烈風が私の黒帽子を吹き飛ばした。私は低い姿勢から伸び上がるように刺突を撃ち放つ。
 再び、烈風。
 敵が横っ跳びに鉄串を躱したのだ。
 若い男がそのまま円を描くように体を裁いたことだけを認識し、颶風の終着点に鉄串を握った腕を叩き付ける。
 金属音。
 弾き飛ばされた武器には目もくれずに懐に右手を突っ込んだ。
 同時に左腕を頭上に掲げた。
 敵が円移動の勢いに身を任せたまま、横殴りの斬撃を叩き込んでくる。鈍く光る戦術突撃剣は、私の掲げた腕に激突。凄まじい衝撃によって、鈍器に殴られたような痛みが発生する。
 だが、剣本来の威力である“切れ味”が発揮される事はなかった。鋭利なはずの刃は、私の腕を両断できずに、ただ衣服の上を“滑って”いくばかりだ。
「……あれ?」
 あどけないとすら思える間の抜けた声。
 訝しむことではない。私も彼と同じように、国家の軍兵器を非合法な方法で手に入れた身だ。
 特殊な合成繊維。それが、私の腕を凶刃から守ったモノの正体だ。異様に摩擦係数の低いこの繊維は、衝撃を横にそらさせる性質があり、衣服に編み込めば大抵の攻撃は防いでくれる。
 しかし防御力そのものは、さほど重要な要素ではない。ただ斬撃を防ぎたいだけなら強化合成樹脂のコンバットアーマーを着込めば良いだけの話だ。この防刃衣の目的は、ただ『相手の体勢を崩すこと』の一点のみに集約される。
 そして、これは私の期待に応える働きをした。
 賞金稼ぎの剣は、強引に上に反らさせられたベクトルに後押しされ、あさっての方向に振り抜かれている。
 胴が、がら空きだ。
 刹那の判断が生死を分ける白兵戦においては、その一瞬は無限の意味を持つ。
 私は停滞なく敵の懐に滑り込み、鉄串を一閃させる。
 僅かな間隙を突く技量があって始めて成り立つ、それはまさに必殺不可避の――
「む……」
 銀の閃光が心臓を滑らかに貫く直前、賞金稼ぎの腕がブレるように掻き消えた。妙な圧迫感が、冷たい金属を握る手に感じられる。
 私は自らの腕の先に眼をやった。
 その光景を見た時、私は今度こそ間違いなく戦慄した。
 私が突き込んだ拳を、賞金稼ぎは剣を持っていない方の手で受け止めていた。拳に握り込まれていた細長い暗器は、彼の掌を貫通 していた。
 心臓を守る為に手を犠牲にした、と言う事か。
 正直、この男を見くびっていたのかも知れない。
 激しい痛み。握力の低下。傷口感染の危険。流出する生命。遠のく勝利。
 ……掌を貫かれるとは、そういうことだ。
 彼は、そういった決して軽くないペナルティを甘んじて受ける覚悟を決めたのだ。
 あの一瞬で。
 不可抗力的に肩口を貫かれた時とは訳が違う。
「いたたた……」
 口調が全体的に間が抜けている事は、もはや何の慰めにもならない。
「ひっどいなぁ」
 拳にかかる圧力が強くなる。
「オレも好きでこんな事してるわけじゃないってのに」
 刺し貫かれ、今も異物が中に残っている筈の手が、私の拳をギリギリと締め上げる。
「悪いコトしたあんたが悪いってのに」
 更に圧力は増し、爪が私の拳に食い込む。
「なんで抵抗するかなぁ。ちゃっちゃと当然の酬いを受けようよ」
 手の骨格全体が悲鳴をあげ始める。眼も眩むような痛みの中で苦鳴を飲み込み、鉄串を掴む。
「……お前の言う『悪いコト』など、所詮は一時的な時代の流れが決めたモノに過ぎん」
 私はどうにか頬を嘲弄の形に歪める事が出来た。
「一つ、昔話をしてやろう……」
 だが何か喋って紛らわさなければ、肉が潰れ骨が砕ける痛みに堪えられそうにない。
「……十年程、前の事だ」
 独白。あるいは哀願かもしれない。
 頬に浮かべた嘲弄は、あるいは自分に向けたものだったのか。
「そのころ私は戦場に立ち、祖国の人々のために敵兵を無数に殺めていた」
 それは『私』が『僕』であった頃の記憶。
「国からの命令だった。かなり殺したさ。そういう事に抵抗を感じないよう、訓練されていたのもある」
 自分で言いながら、呆れてしまった。そんな事をこの男に喋って何になると言うのか。
 口は止まらない。
「もてはやされたものだ。大尉の階級も与えられた。祖国が勝利し、敵国が併合されると、私は『戦争の早期終結に貢献した英雄』となった」
 見ると、賞金稼ぎは大きな瞳を興味深そうにこちらに向けている。
 まるで昔話に耳を傾ける子供のように。
 いや、そのものか。
「それで、なんであんた賞金首になってんの?」
「……時代が、変わったからだ」
 彼は意味が汲み取れなかったらしく、怪訝そうに眉を寄せている。
「終戦直後、敗戦国の人々と我々の間には支配者と隷属者と言う、明確な立場の相違があった。だから彼等から見れば悪魔以外の何者でもない私も、のうのうと英雄気取りでいられた」
 私が妻と出会ったのも、この時だ。この時が、最も“普通”で幸福な時代であった。
 少なくとも私だけにとっては。
「時が経ち、人々の心から戦争の記憶が徐々に薄れて来た。人道主義者達による啓蒙が進み、敗戦国の人民が少しずつ民族自決の精神を取り戻し始めると、彼等は我々と同等の扱いを求めた」
 小さな金属音がした。
 私が握り、彼の掌を貫いていた暗器が、地面に落ちた音だ。
 若い賞金稼ぎは、私の拳を解放していたのだ。同時に少し後ずさっている。
「彼等は、すぐに独立運動を始めるような事はしなかった。代わりに、『凄惨な戦争に拍車をかけた戦犯達』に、正当な裁きを受けさせるよう要求した。それらの中には、骨身を砕いて人民のために尽した偉人もいれば、戦場で殺戮と略奪をして回った無法者もいた。……私も、『戦犯』に含まれていた。すぐ後に、私を含む『戦犯』達は『正当な』裁判を受けた。どういうわけか、全員が死刑判決を下された」
 理由がわからぬ訳では無い。権力者達は、自らの脅威となり得る勢力を手なずけようとしたのだろう。
「しかし私は、」
 結果としては妻の命を犠牲にして、
「牢獄から脱出することができた。それ以来、私の首には賞金が掛けられる事となった。逃走生活を送りながら、挑みかかる賞金稼ぎ達を倒すうちに、A2級犯罪者にまで上り詰めてしまった」
 ……無論、私がこの身に救いようのない業を背負っている事は、絶対に否定できない。してはならない。
 だが、それでも私は問いたい。
 本当にそれですべての罪人を裁いた事になるのか、と。
 確かに戦争を行ったのは我々『戦犯』だ。だが、我々に戦争をするよう言ったのは誰であったか。
 そうした我々を歓呼の声で送り出したのは誰であったか。
 これは、軍人と言う立場からしか物を見ない、手前勝手な考えなのかも知れない。
 だが、彼等が正当な裁きを与えるというのなら、
 その内容が『死』以外にないというのなら、
 ――いまだに裁きを受けていない罪人が、この国にはいる。
 そのために、私は故国に帰って来たのだ。
「ふ〜ん」
 答える賞金稼ぎの眼には、少々嘲りの色が浮かんでいた。
「それで? 自分は悪くないから見逃してくれってか? 悪いけどそりゃ無理だって。いい人だろーが、悪い人だろーが、無実だろーが、犯人だろーが、オレには関係ないの。あんたの首に賞金が懸かってる。それだけが問題なの。わかる?」
 私は僅かに眼を伏せた。しかしすぐに彼を見据えた。
 その考え方を認めはしないが、理解はできる。賞金稼ぎとは、えてしてそんなものであろう。
「身にしみてわかっている。そちらに引く気がないのなら、それでもいい。最後まで付き合おう」
「そーゆー物わかりのいい所は、好きだなぁ」
 彼はにっこりと笑った。
 言葉と同時にG―16を引き戻し、構える。
 私も、懐で握りしめたままだった武器を日の目に晒す。
 この時になって始めて、彼が私の拳を解放した理由を悟った。
 簡単な事だ。賞金稼ぎの得物は、刃渡りが人間の腕よりも長い。さっきのような至近距離では、私より早く攻撃する事は出来ないと踏んだのであろう。
 決して、私の話に感化された故の行動ではないのだ。
 それに比べて、私はその千載一遇のチャンスに対して、何もしようとしなかった。さまざまな心情が、それを阻んだ。
 頬に、自然と笑みが浮かぶ。
 本当に久しぶりの笑みだ。
「来い、情を解さぬ合理主義者」
「いくよ、浮ついたロマンチスト」
 再びの突風。
 ブレード鋼材が烈風を幾重にも纏い、私の頭へ撃ち込まれる。
 私は視認など到底不可能な速度で迫りくる切っ先を渾身の裏拳で打ち払おうとした。だが、圧倒的な腕力に支えられた剣身は、弾道を変える事すら拒んだ。
 強引に首を捻り、辛うじて直撃を躱すも、剣身の周囲の空気が急激に圧縮され、炸裂。脳を殴打した。
 視界が霞む。
 しかし私は一声吠えると、全身の可動部分を最大限活用し、腕を振るった。煌めく暗器が一条の雷光と化した。
 武器が肉を撃ち抜く手応えが伝わる。
 賞金稼ぎが防御のために腕を犠牲にした事は、すでに予測済みだ。
 そしてそれが武器を持った方の腕である事も。
 私は鉄串を持ったまま腕を小刻みに動かし、傷口を抉った。賞金稼ぎはさすがに苦鳴を上げる。すかさずその腕を――金属の侵入でヒビの入った骨格を――渾身の膝蹴りで打ち砕いた。
 破壊された手から何かが弾け跳び、一瞬遅れて私の背後の地面に剣が突き刺さった。
 余裕の態度を崩さず、金のためには手段を選ばぬ非情の賞金稼ぎが、武器を取り落としたのだ。
「あ〜……」
 彼は、墓標のように突き立ったG―16に眼をやり、名残惜しそうに吐息を漏らした。
「終わりだ」
 可能な限り感情を押し殺し、死の宣告を下す。
「まいったなぁ」
 それでも彼は、軽く肩を竦めて苦笑い。
 最後までその態度を崩さない精神力は、ある意味驚異的だった。
 だが、だからと言って私の行動に変化を生じさせる要素とはなり得ない。命を狙ってきた以上、相応の覚悟を見せてもらうつもりだ。
 私は大地を蹴った。


 衝撃を全身に受け、コンクリートの壁に叩き付けられた時、私は何が起きたのか理解できなかった。
 あの時、賞金稼ぎが蹴りを繰り出していたらしかった事は、朧げながら覚えている。だが蹴りごときで、こんな状態になる物なのだろうか。
 首を下に向けると、胸から腹にかけてが深々と十字形に切り裂かれていた。
 赤黒い臓物がはみ出ていた。白い肋骨が眼に鮮やかだった。
 手足が凍える程冷たいと言うのに、胴体だけが焼ける程熱かった。脈打っていた。
 たいりょうの血がコートにはり付き、ささやかな不かい感を覚えた。しかも、いまだにドクドクと流出していた。
 それも次第にどうでもよくなってきた。
 ああ、日がくれたな。なかなかきれいな夜空じゃあないか。
 ぼんやりと、そうおもった。
 どうでもよくなった。
 あかいちはどんどんながれだしてゆく。
 どうでもいい。
 くちからでた。
 どうでもいい。
 ぼくはしぬ。
 どうでもいい。
 めのまえにだれかいる。
 どうでもいい。
 だって、
 眼を閉じれば、彼女はいつでも笑ってくれるのだから……


 彼は、足元に転がる残骸を眺めていた。
 かつて賞金首であったモノ。
 バルトス・ノドールと言えば、これまで倒した中でも屈指の大物だ。
 この賞金首をモノに変えた、決定的な要因は、自分の膝から足首にかけて仕込まれた刃物であった。
 脚部固定展開暗器。
 足に一定以上の遠心力を加える事によりブレード部がスライドし、蹴りのような動きで標的に斬撃を浴びせられる。彼の真の得物だ。
 そう思うと、妙に誇らしい気持ちになる。同時に、ちょっと涙が滲んだ。感激の涙だ。
「おとーさん、おかーさん。今月は無事に仕送りできそうです……」
 幸い、顔面に損傷はない。
 満足そうに息を吐いた。
 人相が崩れては、その『モノ』が本当に賞金首かどうか判別しづらくなると思っているのだ。
 指紋で簡単に区別できる事実を知るのは、もう少し後の事である。
 エラスムス・ランカスター。
 後に世界を震撼させる、あまりに滑稽な殺戮劇において、当事者達を混沌の渦中に叩き込んだ、
 冥き道化。
 英雄の変異因子。


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